KYOTO徒然日記

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2011年 11月 30日

天津閣

そんなに頻繁に行くわけではないけど、街の風景に溶け込んだように
いつもそこにあるから安心できる。
最近、昔からごく当たり前にあったそういうお店がどんどん減ってきたように感じます。

57年続いたこのお店も今月いっぱい(つまり今日)で閉店されるということです。
一昨日行った時には、最後を惜しむ年配の客や、若いお客さんで満員でした。

ちょっと前に、ここの交差点を少し北に上がった老舗の喫茶店も閉店しています。
この界隈で昔から続いていたお店がほぼ同時に二軒なくなってしまうという事です。

「昭和は遠くになりにけり」でしょうか。
時代の流れとは言え、普段使いの昭和のお店が消えていくのは寂しい限りです。



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by moo_yoshi | 2011-11-30 10:06 | Comments(2)
Commented by k_hayashido at 2011-11-30 20:07 x
もうずいぶん前の話ですが、博多の友達から京都にはラーメン屋が
無かったとぼやかれました。
「京都人は中華そばを食べるんや!」と反論したのですが、確かに
街をながす屋台のラーメン屋や当時流行りの札幌ラーメンか、後は
増え始めた王将か、とにかく町中に豚骨スープの香り漂う博多の
人には京都のラーメン事情はあまりに寂しかったようです。
私も博多に住んでいた当時は、毎日のようにラーメンを食べていました。
しかし今となっては、「中華そば」は捨てがたい食べ物ですよね。
馴染みの店の閉店は、本当に残念です。
天津閣のご主人は、綺麗で親しみある字を書かれますね。
Commented by moo_yoshi at 2011-12-01 09:48
k_hayashidoさん
たしかに、昔(大昔)京都では「ラーメン」という言葉より「
中華そば」という呼び方が一般的だったように思います。
今でも町のうどん屋さんのメニューには必ずあって、
略して「中華」と言ってますね。
同じように「チャーハン」ではなくて「ヤキメシ」。
品書きひとつにもにも歴史がありますね。
こういうお店が消えていくのは残念ですが、
ひとつのスタイルを変わらず、言いかえれば頑固に
持続させていいく事の大切さを教えてもらったような気になります。


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